生ハムと暮らしている

すぐ忘れるので文字にしよう

景色はすべて眼下になった

10/11

昨晩深夜に同居人が泥酔して帰宅しており、私が眠い。酔って寝るからってあんなに寝言いうやつがあるか。

以降必要に応じてルールを決めよう…。

 

今日は海へと向かう。

海沿いの家を人に紹介する用事があるのだ。

 

1時間ほどまとまって電車に乗るのに、眠い眠いと嘆くが存外眠れないものだ。ぼんやり音楽を聴いたり本を読みながら電車に揺られた。

 

駅で人と待ち合わせて、家への路を歩く。

到着してみれば、変わらぬ戸建であった。暮らすには決して便利ではないが、過ごすのには悪くない、小高い窓から大きく海が見えるのがよい。

もともと話だけで随分気に入ってくれていたが、そのまま意思は変わらないようで安心するやら感心するやら。

簡単に家を空ける時の説明などをしたあと、お茶を飲みながら休憩し、荷解きが済んだところでもう一度支度をし家を出た。

 

駅へと歩き始めたところで岬まで歩けることに気づき、散歩を提案した。来た道を戻り、さらに先へ向かう。

曇りきってはいるが空気はさらさらしており、霧雨より重く小雨より軽い粒が降る。なかなか止まない。

 

しばらくは予想に反しない地方の町の端々が続くが、じきに海沿いに出た。

それから岬に向かう途中には、暗く冷たいトンネルがあり、いつも波の声がして、上からはだだっ広い空か木の葉の影だけが落ちてくる。鳥が音もなく滑空する。

少しの傾斜を登ればそこには灯台があり、景色はすべて眼下になった。

 

知らない草木の密集になにかを感じて、急にため息が出る。

 

ここにもまた湿った風が煩わしい季節や、寒さに耳を震わす季節が訪れるだろう。

知らない草木も生えては枯れ、砂浜から聞こえる声が増えたり減ったりするはずだ。

私が賑やかな街や眩しいビルに挟まれてベルトコンベアみたいな平日とジェットコースターみたいな休日を過ごす間にも来ては去っていくそれは同じ季節か。

 

同じ季節だ。

どこにでも流れている。

今は、私には私の時間が流れるしかない。ここが誰かにとってのいい季節を過ごす町だということに救われる。

 

▼湾曲する海岸線

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