生ハムと暮らしている

すぐ忘れるので文字にしよう

さらさらと笑っている

10/25

銀座で用事を済ませて、いつものようにパン屋へ。

ここのパン屋は素朴な品ものが美味しい店なのだ。シュケットや秋限定のパイも誘惑してくるが、その囁きにそそのかされてはいけない。

 

丸ノ内線に乗り、新宿御苑に着いた。

なんとなくいつも一度正門側にまわって入園していたが、降り立った場所とコーヒーを買いに店に立ち寄る都合で大木戸門を目指す。きちんと年間パスポートで入れるし、お決まりの場所がここからならすぐだ。覚えておこう。

 

ほどよい木陰をみつけ、慣れた手つきで薄手のレジャーシートと背の低い椅子を立て体を伸ばす。

大きな木の下に座れば、葉の隙間から晴れ渡った一色の空が斑らに見えた。

包みを開けオリーブオイルの染みたガーリックトーストを齧ると、塩気はほとんどなく、鼻に抜ける香りで脳が食事を感じているのがわかる。

硬いパンを噛むたび自分が微かに揺れて、細切れの空が幾重かに滲むのをじっと確かめていると、ただこの行為をすることだけで生きながらえるささやかな動物になった気分だ。

閉園までのいっときで、本を1冊でも読めるかと勘案していたが、この感覚を得ただけで今日という晴れた日に公園に来てわずかでも時間を過ごした意味は十分な気がした。

 

寒くなってきて、陽に背中を向けるようにして反対に座り直した。

文庫の表紙をぐいと曲げて持つ右手の親指の付け根が不思議にキラキラと光っている。化粧品がついたかと思いそこを撫ぜるとべたついていた。なんということはない、多分食べていたパンの油や砂糖が付いていたのだろう。また陽に当てて右に左に揺らすと、キラキラと光る。毎日少しでも自分を好きに過ごせるように瞼や頬にどんな細やかな粉を乗せようと吟味していることがなんて仄かな努力だったのかと、そんなものの美しさが放物線を描きいとも簡単に飛び越えて向こうからさらさらと笑っている。

 

▼落ち葉と木漏れ日と美味しいパン

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