生ハムと暮らしている

すぐ忘れるので文字にしよう

春は人に

3/29

職場からの帰り道、駅の改札に入ったあとの呼吸で、急に大学生の頃を思い出した。

呼吸でだ。匂いもない。湿度の高い地下鉄の空気が、私の青春のトンネルなのかもしれない。

 

その時私は、家に帰って野菜を食べるか魚を食べるかを考えていた。

日記を書かなかった数ヶ月の間で、私は誇張ではなく数キロ単位でチョコレートを消費していて(昨年からこの時期には同じ周期を迎えていたが、もちろんそれはバレンタイン商戦による限定輸入菓子の宝の山に飛び込むことで、そして今年は1年前の比ではなくお金も時間も熱量……カロリーも、なんちゃって……をかけた戦いだった)、しかし驚くことに体型はほとんど変わらず、シンプルに野菜と鶏むね肉とお菓子ばかり食べて暮らしていたのだった。

意外と人ってやっていけるものである。

 

そんなわけで二十歳そこそこだった私からは考えられないようなことで頭を占めた三十路手前の私は、大きな抑揚のない今日を生きていた。

それでもこうしてふと思い出す過去があるから豊かなものだ。

 

オフィスのピカピカのエレベーターに映る今日のコーディネートが思ったよりいまいちなこと、先週末履いたパンプスの踵が削れて金属音がしたこと、紅茶がなくなったので買いに行かなければならないこと、そして地下鉄の呼吸で10年前を思い出して日記を書くこと。

特に愛おしくはない、ただそこにあって滑稽なもの、この車両に、駅のホームに、無数に点在して後戻りもしなければ交差もしないバラバラな人生の数直線。

 

春は人に形のない考察をさせるよ。

 

▼花が最も綺麗だったとき1枚の写真も撮らなかった

f:id:kaaamadax:20210329213445j:image