生ハムと暮らしている

すぐ忘れるので文字にしよう

夢のあと

12/29

歩く歩道に乗っているみたいに、すごく焦るほどではないけどたまに普通の早歩きの人に抜かれるくらいのスピードで、気づくと何もせず意外性もない程度の場所に運ばれていた、そんな年末。

 

東京の状況がこんなに悪化するなんて思っていなかった。

罪悪感、自分を苛む気持ちがないわけではないけれど、今日は学生時代の友人と約束をして、最近結婚した一人の新居で集まろうと話していた。

もちろんどんな事情であれ強い正義感や自己犠牲精神のある人間はこんな会合を止めるのだろうが、ここにはそんな異端はいない。 

ごめんなさい、でもこれをすごく楽しみにしていたんだ。許して、自分の正義感。

 

ほかの皆は比較的仕事納め済みらしく、先に買い出しに行ってもらった。途中で合流しようと今の居場所や向かうべき店などを連携するが、異常に嚙み合わない。気の置けない友人って、むしろこんなもんだよな。先を読む心意気や鑑みというのが圧倒的に足りないのだ。

 

お宅にお邪魔すると、新婚の花嫁は立派なホストをやってくれて、あれやこれやと皿をだしたり切り分けたり。今までそんなことをマメにするタイプだと思っていなかったけど、人の新たな一面があるというのは素晴らしいことだ。散々ちらかしても騒いでも、最後にはまたおいでと言ってくれたので心から信じている。

私たちの集合より遅れて旦那が家に帰るということで、それまでに慌てて出会いや他配偶者候補たちとの選定条件など邪推な話題を棚に上げ、夫婦がそろってからも他愛ない歓談をしばし楽しんだが、まったく会は終わる様子なく、そして旦那様は明日朝が早いとのことで、驚くべきことにグループの別の友人宅へタクシーに乗って皆で移動した。

(ほんと申し訳ないことだと思っている、世の中の正義感に対して)

 

そこでも迎えてくれた同居人にさんざわめき散らかして、最近飼い始めたというハムスターを嗅いだり吸ったり、真夜中にポップコーンをコンロでぱちぱちつくって貪り食ったりした。なぜかこのタイミングで結婚祝いということで用意していたケーキを開けて食べたのだが、「結婚おめでとう」のメッセージチョコは私が食べた。うける。

 

残った友人らはそのままほとんど朝まで起きていたが、最後に固い床で短い眠りにつき、交通機関が動き始めたころ、のろのろと皆で立ち上がった、

帰り道を調べると、そこから私の自宅までは徒歩での経路が一番効率がよいことがわかり、これから帰るベッドのこんなに近くに友人の家と楽しい日の記憶があることが意外に思える。

外は小雨が降り始めていて、会社用のバッグに常に忍ばせている軽い折り畳み傘を開き一人ドレスシューズの踵を鳴らして家まで帰った。夢のあと。

 

▼真夜中のポップコーン

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